Kumamoto Gramophone

歌劇《マノン》(マスネ)〜夢 10023-A

この『夢』は、第二幕パリのヴィヴァンヌ街にあるデ・グリューとマノンの愛の巣の場面で、ハープ伴奏でデ・グリューによって歌われるもので、昨夜天国のような美しいところで、花に埋もれた小さい家に居る夢を見たが、そこにはマノンが居なかったので、少しも楽しくはなかったとその純情を歌う静かな名曲である。

歌劇《イスの王》(ラロ)〜愛する者よ、今は詮なし 10023-B

嫉妬深い運命の女神をなだめることは出来まいから、私の苦しみと悩みをせめて言わせてくれ! 愛しきものよ、お前が私を絶望させたと人々はむなしく信じている。だが閉ざした門の傍らに私はまだ止まっていないのだ!
幾度か太陽は沈み、夜は盡くと代わるであろう。お前を咎めるものも、私を憐れむものもなしに、そしてそこに私はいつもいつも止まっているだろう!
私はお前の魂が優しいことを知ってる。そして間もなく、私を拒けたその手が私の方へ差し出される時が来るだろう!
お前の心を動かすのに、あまり遅くなってしまわぬように! もしロゼンが仲々来ないと、私は、あゝ、死んでしまう、あゝ、死んでしまう!

エドモン・クレーマン

エドモン・クレーマン

元来土木の技師になる心算で、その方面を専攻したのであったが音楽に対する熱情抑え難く、遂に転向してパリ音楽院へ入学、ここで忽ち頭角を現した。卒業後直ちにオペラ・コミークに入って、1889年から1909年迄。20年間の長きに亘って洗練された芸術の妙境を示した。そしてこの間彼が初演を行った歌劇も少なくはない。彼がビクターへ録音したのはこの時のことであって、ピアノの伴奏はラ・フォルジュが受け持った。この二面のレコードは、彼の類い少ない見事な唱法をうががうに最も相応しいものでなくて、何であろう。

歌劇《ラクメ》(ドリーブ)〜鐘の歌 10024-A

第二幕目インドの町の雑踏した広場で、ラクメによって歌われる『鐘の歌』は、この歌劇中の代表的なコロラトゥラの詠唱であって、父の勧めによって彼女を愛するジェラルドを誘き寄せんがために、バリアの娘の物語を歌う。即ち道に迷った旅人が狼に襲われたのを若い娘が鐘を鳴らして追い払い、遂に救ったという物語で伴奏に鐘の音が用いられるばかりでなく、歌唱のカデンツァにも高音域を以って鐘の響きを暗示する。

ルイザ・テトラツィーニ

ルイザ・テトラツィーニ

その混じり気のない声、助奏のフリュートと交錯して聴き分けが出来なくなる程の持った声、高音部の最も困難な装飾句をも。何の苦もなげに易々と征服してしまうその驚く可き技巧 ─ 確かにコロラトゥラのソプラノとして、彼女は今世紀初頭における第一人者であったことは、何人も否定することの出来ない事実である。《ラクメ》の『鐘の歌』等を歌わして、彼女ほど驚嘆すべき技巧を示したものは一人も無かったと言っても差し支えない。然もそれらは決して単なる咽喉の芸当のみではなく、その中に温かい感情の、ほのかに聴く人の心を動かすもののあることを感ずるであろう。

シャルル・ダルモーレス

シャルル・ダルモーレス

このフランスの名テノール歌手は、本来ホルン奏者としてコロンヌ及びラムルー管弦団の一員となり、次いでリヨン音楽院の教授に任命された。1899年ルワンの歌劇場にテノール歌手としてのデビューを行った。バイロイト、ベルリンでワーグナーを歌ったこともあるが、そのフォルテは勿論フランス歌劇にあった。彼のレコードはそれ程多くない。この集ではカルヴェ夫人との二重唱に彼を偲ぶことが出来るであろう。

エマ・カルヴェ

エマ・カルヴェ

凡そ歌手にとって、このカルメンほど魅力のあるものがないと共に、この役ほど難しいものも又少ないであろう。大胆な浮気女で、熱情的で、この種の女に多い迷信的なものを持ち、媚、痴情、誘惑、脅迫、冷淡、恐怖といったような、凡そ人間の持ちえる種々なる感情を次から次へと表現しなければならないカルメンは、単なる歌手には到底務まらないものである。
その声の表情的で変化多く、ヴィオラの音のような純粋さを持った低音部からソプラノの最高音に至るまで甘美そのものであった。彼女が他のあらゆる名カルメンを凌駕して、古今の名カルメンと言われる所以である。